児童ポルノ禁止法・改正案への反対声明


児童ポルノ禁止法・改正案への反対声明

2013年5月31日
日本マンガ学会理事会

日本マンガ学会は、西暦2001年に設立され、会員として国内外の研究者約500人を集めており、日本学術会議の協力学術研究団体に指定されている団体である。

5月28日、今国会に「児童ポルノ禁止法」改正案が提出された。私たちは、この法律の本来の目的である、「児童に対する性的搾取及び性的虐待」から児童を保護することの重要性については論を俟たないと考えている。

しかし、今回提出された改正案では、「実在の児童を保護する」という本来の目的を大きく逸脱し、むしろ「表現規制」を推し進めたり、冤罪の危険を広げたりする可能性が高い内容となっており、以下の点について、強い疑義を呈するものである。

1.本来、「実在の児童を保護する」ことを目的に作られた法律の中に、「漫画・アニメ等の創作物規制」を盛り込もうとしていること。

本改正案の附則の2条には、〈「児童ポルノに類する漫画等」と児童の権利を侵害する行為との関連性に関する調査研究を推進するとともに〉その〈規制については、この法律の施行後三年を目処として、前項に規定する調査研究…等を勘案しつつ検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする〉とある。

第一に、「児童ポルノ禁止法」は「実在の児童を性的虐待や性的搾取から保護する」ことを目的に作られた法律であり、その中に、実在の被害者のいない「創作物」規制を盛り込もうとするのは、そもそも立法目的にそぐわない。

また、「調査研究」とは言いながら、〈「児童ポルノに類する漫画等」と児童の権利を侵害する行為との関連性に関する調査研究を推進する〉という書き方には、「まず結論ありき」の印象を受ける。2010年に同じく「漫画・アニメ等の創作物規制」を目的とした、東京都青少年健全育成条例改正案、いわゆる「非実在青少年規制」案が打ち出された時、その基となった審議会のメンバーには、表現規制に反対する立場の委員は一人も入っていなかった。今回も同じことが起こる可能性は高い。

当該改正案が都議会で審議された際、改正推進側であった都青少年治安対策本部でさえ、答弁で「マンガやアニメーションの性描写・表現が青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げるとする学問的知見は見出せていない」と答えている。本学会としても同じ認識である。この問題に限らず、マンガが読者の意識や精神に与える影響についての学術的な研究は、マンガ研究において重要なテーマではあるが、現時点での研究蓄積はごくわずかしかない。また、人間の成長に関わるテーマである以上、長いスパンでの〈調査研究〉は不可欠であろう。本改正案が設定する〈調査研究〉の3年という期間はあまりに性急であり、科学的に有意な結論を導き出せるものではない。にもかかわらず、〈「児童ポルノに類する漫画等」と児童の権利を侵害する行為との関連性の調査研究〉を行わなければならない根拠は何か。これらを踏まえて考えた時、今回の改正案が、とくに漫画・アニメ等の「表現規制」へと大きく一歩を踏み出していることは明らかであり、それによる萎縮効果は、マンガという表現の衰退につながりかねない。私たちはこれに強く反対し、この附則の削除を求めるものである。

2.「児童ポルノ」の定義が曖昧なまま、「単純所持禁止」を定めていること

わが国の「児童ポルノ」の定義は曖昧で広すぎる、というのは繰り返し指摘されている。とくに3号ポルノと言われる「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」という定義は、どうにでも解釈できるものであり、定義を厳密化しないで「単純所持禁止」を導入した場合、捜査権の濫用や冤罪が起こる危険がきわめて高い。ましてや、現状の定義のまま、その対象が創作物にまで及ぶことになれば、過去の作品にまでさかのぼって一律に廃棄を要請されることになり、古書としての流通も不可、公的機関での研究目的での所蔵以外も困難となれば、それによる文化の破壊と混乱、資料の滅失による研究へのダメージは計り知れず、取り戻すことができない文化的損失となる。これは、日本の文化と社会の歴史におけるマンガの役割に関する認識・記憶の共有を困難にし、マンガ史研究の基礎を掘り崩すもので、とうてい看過できないものである。

仮に研究目的での所持が認められたとしても、「児童ポルノ」の定義も「性的好奇心を満たす目的で」という要件の定義もともにあいまいな状態では、研究目的での所持と「性的好奇心を満たす目的で」の所持の違いを明確に線引きすることは困難である。とくにマンガ研究は、市井の研究者による寄与・蓄積が大きいことを考えれば、明確な線引きはとうていできないと考えられる。

以上、二つの理由で、本学会としては、今回の改正案に強く反対するとともに、諸外国でも指摘されている通り、〈「創作物の規制」よりも、本来の目的である「実在児童の保護」に力を注ぐ〉ことを強く要請するものである。

カテゴリー: 日本マンガ学会の動き