東京都青少年条例による表現規制に反対する声明


東京都青少年条例による表現規制に反対する声明

日本マンガ学会理事会

 日本マンガ学会は西暦2001年に設立され、会員として国内外の研究者 約500人を集めており、日本学術会議の協力学術研究団体に指定されています。

今年3月に提出され6月に否決された、マンガやアニメなどの視覚表現を規制する条例(「東京都青少年健全育成条例」改正案)が、この12月の都議会に再び提出されましたが、本学会はこれに対して強く反対するものです。

今回提出された新改正案は、18歳未満という年齢制限を外し、「非実在青少年」という 文言こそ取り下げたものの、規制の対象となる行為を、キャラクターの年齢に関わらず、 「刑罰法規にふれる性行為」および「結婚できない近親間での性行為」 としたことで、逆に規制の対象はあきらかに広がっています。「刑罰法規にふれる性行為」の中には、いわゆる「淫行条例」も入りますから、18歳未満の性行 為描写への規制は依然として残っており、かつ、「刑罰法規」の範囲は、明確そうに見えて実は曖昧です。「淫行条例」の適用範囲は、地方自治体によって異な りますが、マンガのキャラクターがどこに住んでいるかによって、適用される基準は変わるのでしょうか? あるいは時代物、SF/ファンタジーの場合はどう なるのでしょうか? いつの時代、いかなる世界設定であっても、現代の日本の「刑罰法規」がキャラクターに対して適用されなければならないのでしょうか?  また、将来「刑罰法規」が変更された場合には、表現が許される範囲も変わるのでしょうか? フィクショナルなキャラクターに現実の刑罰法規を当てはめる のは、そもそも無理なのではないでしょうか。

なにより、「刑罰の対象になる違法な性行為は、描くことも規制しよう」というのは、現 実とフィクションとを区別しない、たいへん危険な発想だと思われます。今回の改正案では、それは「性犯罪」に限られていますが、この発想に従えば、規制の 範囲が性犯罪に限られる理由はないからです。それがやがて「犯罪一般」を描くことの規制に移行しないと誰が言えるでしょうか。

現条例には既に、「青少年に対し、著しく性的感情を刺激し、甚だしく 残虐性を助長し、又は著しく自殺若しくは犯罪を誘発するもの」を規制する条項があり、それに加えて新たな規制範囲を付け加える必要があるのかどうかには、慎重な判断が必要だと考えます。

このような条例が、専門家の意見を聞くなどの十分な議論が積み重ねられることなく、極めて大雑把かつ拙速に制定されますと、芸術・表現・メディアへの重大な抑圧が生じる危険があり、ひいては文化全体への萎縮にもつながります。

芸術・表現は、必ずしも倫理や教育効果のみを目的としません。人間や社会の否定的な面 をも描くからこそ包括的で躍動的な文化全体を形成することができるのです。近代的な法体系(憲法秩序)においては「表現の自由」としてこれが保障されるの も、このような文化史的、文明論的な背景があるからです。本学会は、学校教育や都民啓発として青少年の健全な性意識を育成することに異議を唱えているわけ ではありません。条例という「禁止の形」で行政が文化に介入規制することに憂慮をおぼえるのです。

東京都は日本の全自治体の中でも重要な位置にあり、都政は国政に準ずる意味を持ちます。その東京都においてかかる条例が可決施行されれば日本全体の文化の硬直・沈滞につながりかねません。

また、大阪府や京都府などでも東京都の表現規制に呼応するような動きが見られることについても強い懸念を表明いたします。

2010年12月3日

カテゴリー: 日本マンガ学会の動き