視覚表現規制についての意見書
東京都議会、同議員各位
日本マンガ学会会長 呉智英
私は日本マンガ学会で会長を勤めている呉智英(くれ・ともふさ)と申します。本学会は西暦2001 年に設立され、会員として国内外の研究者約500人を集めており、日本学術会議の協力学術研究団体に指定されています。現在東京都議会でマンガやアニメな どの視覚表現を規制する条令を制定しようとする動きがありますが、私はこれに対して強く反対するものです。
この条令は青少年の健全な性意識を育成するためマンガ・アニメなど創作物を含むいわゆる「児童ポル ノ」の頒布・所持を禁止するものです。しかし、専門家の意見を聞くなどの十分な議論が積み重ねられることなく極めて大雑把かつ拙速に条令が制定されます と、芸術・表現・メディアへの重大な抑圧が生じる危険があり、ひいては文化全体の萎縮にもつながります。
児童売春やそれに準じる性的産業(映画製作、写真集販売など)は、現実の被害児童がいますから、禁止と被害児童の救済が必要です。しかし、創作物には現実の被害児童はいません。教育上の配慮はゾーニング(年齢・場所などの限定)で足ります。
芸術・表現は、必ずしも倫理や教育効果のみを目的としません。人間や社会の否定的な面をも描くから こそ包括的で躍動的な文化全体を形成することができるのです。近代的な法体系(憲法秩序)においては「表現の自由」としてこれが保障されるのも、このよう な文化史的、文明論的な背景があるからです。私は、学校教育や都民啓発として青少年の健全な性意識を育成することに異議を唱えているわけではありません。 条令という「禁止の形」で行政が文化に介入規制することに憂慮をおぼえるのです。
東京都は日本の全自治体の中でも重要な位置にあり、都政は国政に準ずる意味を持ちます。その東京都においてかかる条令が可決施行されれば日本全体の文化の硬直・沈滞につながりかねません。
この条令の見直しを強く要請いたします。
2010年3月14日